特集ワイド:中国・チベット暴動 五輪控え本音は…不測事態に先手/同化政策は継続

毎日新聞 2008年3月24日 東京夕刊

◇対話へ圧力を--桐蔭横浜大大学院、ペマ・ギャルポ教授
◇「変化」難しい--中央大非常勤講師、水谷尚子さん

中国のチベット自治区などで発生した暴動で、中国政府に国際的な批判が強まっている。事件の影響や背景について、チベット事情に詳しい桐蔭横浜大大学院のペマ・ギャルポ教授と、同じく中国が抱えるウイグル問題に詳しい中央大非常勤講師の水谷尚子さんに話を聞いた。司会は金子秀敏専門編集委員。【まとめ・田中義宏、中川紗矢子】

金子 暴動は89年3月以来の規模で、青海、甘粛、四川省の一部に広がりました。

ペマさん 古来のチベットはこれまでに自治区以外に甘粛、青海、四川、雲南の各省に併合されてきました。今回は89年の抗議の時にはなかったほど、チベット全土に拡大しています。

金子 3月10日はダライ・ラマ14世が59年、インドに亡命するきっかけになった「チベット動乱」の記念日です。

ペマさん 決起記念日には毎年、ダライ・ラマ法王が1年間の施政方針演説をし、国内外のチベット人がデモ行進します。ただ今月10日の集会の目的は昨年10月、法王が米国議会から「ゴールド・メダル」を授与されたのを祝おうとして逮捕された僧侶たちの釈放を求めることでした。それに加え聖火ランナーがヒマラヤから始まるなど、五輪を政治利用しているとの反発もあります。青海チベット鉄道開通で中国人が押し寄せ、チベット人の生活を圧迫していることの不満も要因になった。

中国側は抗議は計画的としていますが、むしろ五輪を控えて、今のうちに挑発して、反感を持つ人を捕まえようとしたと考えた方がいい。

金子 ちょうど全国人民代表大会(全人代)とぶつかり、胡錦濤国家主席、習近平副主席の新体制になりました。その直前には新疆(しんきょう)ウイグル自治区で19歳の少女がガソリンを飛行機に持ち込み、逮捕されたと発表されましたが。

水谷さん その話はおかしいと思いましたね。中国では飛行機への液体の持ち込みは厳格に禁止されています。乗客が気づいたとされていますが、持ち込めるはずがない。

金子 五輪前に不測の事態を押さえる意図ですか。

水谷さん ピリピリしているのは確かですが、90年代、新疆では相当な弾圧があり、今この時期に武装蜂起する力が国内にあるとは思えません。

金子 胡錦濤政権とチベットとの関係は。

ペマさん 89年当時、トウ小平の下で胡錦濤が強行策に出たといわれていますが、彼は命令を実行したにすぎないと解釈したかった。しかし、今回の全人代で「チベットの安全は中国全体の安全にかかわる」としながら、どう解決するかを言っていない。強硬姿勢が明確になった形です。

金子 独立問題が争点となる台湾総統選を前にして、胡主席は今月4日、台湾独立運動に加わった人物でも「一つの中国」の原則さえ受け入れれば歓迎すると柔軟な姿勢を出しています。

ペマさん 中国は立場が不利な時、譲歩するようなことを言って時間稼ぎをする。80年代、台湾に1国2制度を認めるとしながら、チベットには認めないと言い出しました。五輪を機に海外の人がウイグル、チベットに行くと見せたくないものも見る。だから事前に口実を作って戒厳令を敷き、外国人を入れないようにしている気がします。

水谷さん 私が留学していた99年には新疆のホータンで反政府運動があり、戦闘機が活動家を砂漠に追い込んで爆弾を投下するという事件がありました。この時は中国国内でも情報は伝わらなかった。

金子 ウイグルの中で起きているのは東トルキスタンの独立運動ですか。

水谷さん ウイグル人はほとんど独立したいと思っていますが、実際に行動できるわけではありません。中国側が言う「東トルキスタン・イスラム運動」は一つのレッテル張り。すでに存在していない組織なのに、反政府運動が起きたらその名で鎮圧し、テロ組織のレッテルを張るのが最近の傾向です。非常にまずい。

金子 ダライ・ラマは「高度の自治」を主張し、「独立」と言っていませんが、どう理解すればいいですか。

ペマさん 法王は「世界に完全な独立国家はない。だから中国の現状を踏まえればその枠の中でやるしかない」と話しています。チベットのアイデンティティーを無くす民族同化政策が続くほうが危険だから、今は高度な自治を目指すという信念です。ただ、年配者は従いますが、若者はそうではない。「法王は生ぬるい」「中国が約束を守る保証はない」という不満がかなりある。

金子 インドのダラムサラで起きた若い亡命チベット人のデモはその象徴なのでは。

ペマさん そう思います。特に「チベット青年会議」はそういう考えでしょう。

金子 温家宝首相は会見で「ダライ・ラマ一派の犯行」と表現し、対話を拒否しているようですが。

ペマさん 対話は現在も進行中でしょう。中国は世界の世論を見ながら動きます。チベット支援の世論が強まれば、場合によっては法王に五輪の招待状を出すかもしれません。ただし、柔軟に出たからといっても、同化政策を続け、中国の一部にするという方針に変わりはないでしょう。

金子 ボイコット運動は起きるのでしょうか。

水谷さん 最近では、漢民族でもボイコットを呼びかけたり、民主化要求者たちが逮捕されたりしています。

ペマさん 良識に従ってボイコットする選手も出るでしょうね。各国オリンピック委員会は参加するでしょうが、それでは成功とは言えない。五輪のためにどれだけの人たちが強制撤去などの迷惑をこうむっているか。中国内でも批判があるようですから。

水谷さん ソウルで行われたサッカーの中国対トルコ戦で、ウイグル人観客が掲げた大きなトルキスタン国旗が中継され、中国で大騒ぎになりました。そういうたぐいの抗議を中国は警戒しています。

金子 今後の見通しを。

ペマさん 世界中の良識ある人たちが中国政府に真剣に対話を促進するよう働きかけ、五輪を主催するのにふさわしい国に変わるよう圧力をかけてもらいたい。少なくともチベット人から見ると、中国人民は決して敵ではない。法王は海外に行くと必ず中国の留学生たちと会いますが、その中から変化が生まれるのではと期待しています。

水谷さん 中国の幹部クラスでは、チベット問題を正しく理解しないながらもチベット仏教に傾倒する人たちが現れています。そうした変化に比べ、ウイグルのイスラムはとかくテロに結び付けられやすい。こちらは情勢の変化に期待するのは難しいですね。

http://mainichi.jp/select/world/news/20080324dde012030017000c.html