ウイグルの絶望、海外に避難しても…「中国からの要請だ」逃げ込んだ国まで連れ戻しに協力

ウイグルの絶望、海外に避難しても…「中国からの要請だ」逃げ込んだ国まで連れ戻しに協力

中国の新疆ウイグル自治区では、イスラム教徒に対する深刻な人権弾圧が指摘されている。当局による迫害を恐れ、国外に避難したウイグル出身者も多い。プログラマーのイドリス・ハサンさん(34)もその一人。民族的、宗教的に近く「安住の地」として知られるトルコに家族で移住していた。しかし近年、トルコ政府の態度がおかしい。思い切って欧州への亡命を試みたが、経由地の北アフリカ・モロッコで拘束された。中国への送還が実行されたら「殺されるかもしれない」とおびえる日が続く。難民条約は各国政府に対し、迫害の恐れがある国への送還を禁じている。それなのに、なぜこんなことが起きるのか。(共同通信=上松亮介)

▽「中国側に要請された」
イドリスさんは、2012年に新疆ウイグル自治区からトルコに移住した。妻のブザイヌル・ウブリさん(28)によると、ウイグル自治区では当時から、イスラム教徒の女性としてスカーフをかぶったり、モスクで礼拝を行ったりするだけで、警察官が自宅を訪れた。「まるで犯罪者扱いです。そんな場所でどう暮らしていけと言うのでしょうか」
イドリスさんはトルコでプログラマーとして働き、妻と3人の子どもを養った。コンピューターの知識を生かしたポスター製作などを通じ、在トルコのウイグル団体の人権活動にも協力。しかし、中国政府から「新疆の独立勢力と関わりがある」という疑いをかけられ、国際刑事警察機構(ICPO)を通じた国際手配を受けた。
ブザイヌルさんによると、イドリスさんはトルコの治安当局からも過去に4回拘束された。犯罪に関わったわけでもないのに、拘束期間は1年や半年に及び、4回目の2018年11月には、深夜、子どもと寝ているところを連行された。ブザイヌルさんは夫の拘束理由について、トルコ当局の担当者からこんな説明を受けたという。「中国側から要請があったから」
イドリスさんは4回目の解放後、欧州への亡命を決意した。「拘束中は収入も途絶え、生活が苦しくなる。絶対にまた捕まるに違いない。子どものためにも、こんな生活は続けていられない」
「安住の地」であるはずのトルコは近年、経済関係を背景に中国との関係を深めており、ウイグルの人々の間では懸念が高まっていた。「トルコでは安心して生活できるはずだ。そう信じて来たのに…」とブザイヌルさんは嘆いた。

▽「ジェノサイドです」
イドリスさんは昨年7月、単身でトルコから欧州に向かう経由地としてモロッコのカサブランカ空港に到着したところ、地元当局に拘束された。
アメリカ政府系のラジオ自由アジア(RFA)などによると、モロッコの裁判所は昨年12月、イドリスさんを中国に送還すると決定。しかし、各国の人権状況を調査する国連の特別報告者はモロッコ政府に対し「送還されれば、深刻な人権侵害を受ける恐れがある」として手続き停止を求めた。
人権団体などの批判もあり、既にICPOの国際手配は解かれているが、収監は続いている。今夏に電話で接触すると、早口でこうまくし立てた。
「中国に戻れば、収容施設で殺されるかもしれない。あなたも弾圧状況を知っているでしょう?新疆で起きているのはジェノサイド(民族大量虐殺)です」

▽子どもや留学生も拘束
国外へ避難したウイグルの人々を中国へ送還する動きは、世界各地で起きている。
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)などによると、2015年、タイで保護を求めていた子どもを含む220人が拘束、100人近くが送還された。17年にはエジプトで留学生ら62人が拘束され、うち少なくとも12人が送還された。合計で200人以上が拘束されていたとの情報もある。HRWは「中国側の要請を受けて行われたものだ」として非難声明を出している。
一方で、中国側への配慮と国内世論との狭間で対応に苦慮している国もある。インドネシア政府は2020年9月、国内のイスラム過激派に協力したとしてテロ容疑で有罪判決を受けた4人を中国に送還した。ただ、イスラム教徒が人口の9割以上を占めるこの国では、2019年末、ウイグル収容施設の存在が国際的に注目を浴びた際に抗議デモが起きた。
インドネシア政府は4人の送還について公表を控えていたが、報道で明らかになるとたちまち批判の声が上がった。
米国の調査機関「オクサス・ソサエティ」などが、関係者の証言や報道を基に作成したまとめによると、1997年から2022年1月の間に、400人以上のウイグル人が中国国外で拘束され、本国に送還されている。
オクサス・ソサエティのブラッドリー・ジャーディン研究主任は「人権より対中関係を優先させる各国の思惑が背景にある」と話す。中国が推進する巨大経済圏構想「一帯一路」の存在を挙げた上で「経済を重視し、人権を軽視する中国と考え方が一致する国が協力している」と指摘した。