7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その28)

7.5ウルムチ大虐殺事件後に失踪させられた人々(その28)

RFA 2012.12.28 | 翻訳・掲載:2013.01.11

RFAの最近の取材では、ウルムチ事件後に失踪してしまったもう一人のウイグル人の身元が新たに判明した。それは、アリムジャン・ベクリ氏(写真)である。アリムジャン氏は、2009年7月5日のウルムチ事件当日、デモに参加していたが、当日の夕方から生死を含む一切の消息が分からなくなっていると言う。

アリムジャン氏は、1985年にウルムチ市で生まれた。2003年に、ウルムチの名門高校「ウルムチ実験高等学校」を卒業し、優秀な成績で大学入試を合格したが、家庭の経済状況が理由で大学に行くことができなかった。

アリムジャン氏は、2006年にウルムチのDiHua不動産会社に就職した。その後、彼の会社での業績が高く評価され、二回にわたり優秀社員として表彰され、中国沿岸部に無償で旅行に行かされた。

仕事や生活が順調だったアリムジャン氏は、2009年6月26日の韶関事件をインターネットで見て、人生観を左右するほど大きなショックを受けた。家族らが、RFAに明らかにした情報によると、韶関事件の後、アリムジャン氏が数日にわたってまとめに寝ることもできなかった。毎日のように友人らと韶関事件について議論したりした。

そんな中、2009年7月5日にウルムチで韶関事件に抗議するデモが起きた。アリムジャン氏も積極的にデモに参加したが、当日の夕方をもって失踪してしまった。家族らによると、彼が最後に目撃されたのは、ウルムチ事件当日の夕方8時頃、ウルムチ市内の楽器工事付近だったと言う。それ以来、彼の一切の消息が分からなくなっていると言う。

ウルムチ事件後に失踪してしまったウイグル人らの家族らが、中国当局から様々な圧力や脅迫を受けながらも、事件から三年以上経った今でも政府に失踪した家族の消息を求め続けている。RFAの取材によると、今週の初めに消えた家族の消息を求めてウルムチ市警察当局に集まった十数人のウイグル人に対し、ウルムチ市警察当局の責任者が「ウルムチ事件の失踪者に関する調査が既に打ち切られており、失踪者の生死も既にはっきりしているが、調査結果を発表するために上層部からの許可を待っている」と明らかにしたと言う。

http://www.rfa.org/uyghur/xewerler/tepsili_xewer/ghayib-alimjan-bekri-12292012073318.html