中国のウイグル族弾圧に日本政府は“弱腰”だが…あえて「賢明」だと言えるワケ
ソース:Yahoo
発足したばかりの岸田文雄新政権だが、総裁選時から中国には強気な「対抗姿勢」を打ち出してきていた。対米従属のなかで、経済成長著しい中国とどう向き合うか。 ⇒【画像】新疆の建物 この外交上の最重要問題に、深く影響を与えているのが「新疆ウイグル自治区での弾圧問題」だ。そもそもなぜ中国はウイグル族を弾圧するのか? 日本政府はこのジェノサイドにどう向き合うべきなのか?
米中対立の激化を早期から提言していた天才エコノミスト、エミン・ユルマズ氏(@yurumazu)が解説する(以下、著書『米中覇権戦争で加速する世界秩序の再編 日本経済復活への新シナリオ』(KADOKAWA)より一部編集のうえ、抜粋)。
新疆ウイグル自治区を弾圧する中国政府
2021年3月31日、バイデン政権で初となる世界各国の人権状況に関する2020年版の年次報告書をブリンケン国務長官が発表している。この報告書は約200カ国・地域を対象にしているが、とりわけ欧米のメディアや人権団体が問題視し批判したのが、中国政府による新疆ウイグル自治区でのウイグル族への弾圧である。
中国政府は100万人以上のイスラム教徒ウイグル族・他の宗教少数派を西部の「職業技能教育培養訓練転化センター」と称する“再教育収容所”に拘束し、強制労働、拷問、性的暴行、中絶の強制などを行い、中国共産党への忠誠とイスラム教の放棄、言語の漢語化を強制しているという。 ウイグル族への弾圧は既にトランプ前政権が「国際法上のジェノサイド(民族大量虐殺)にあたる」と認定しており、バイデン政権もこの認識を踏襲し、中国政府による弾圧を国際法上の犯罪に当たる「ジェノサイド」であり「人道に対する罪」と批難している。
バイデン大統領は中国に引かない姿勢
また、カナダもウイグル弾圧をジェノサイドと批判する動議を採択しており、オランダの下院議会もウイグル族に対するジェノサイドが起きていると批難する決議を採択している。 さらには、オーストラリア議会でも中国の人権侵害を組織的として批難動議が出され、EU(欧州連合)は2021年3月に、中国新疆ウイグル自治区の幹部、当局者らに制裁措置を発動させており、これは約30年振りの対中制裁となった。
バイデン大統領は、就任後初となる2021年3月25日の記者会見で、中国との関係について「21世紀における民主主義の有用性と専制主義との闘いだ」「中国は世界のリーダーとなり、最も豊かで強い国になるという目標を持っている。だが私が大統領でいる限り、そうはさせない」と述べ、中国との競争を制する姿勢を強調した。
これに対して中国外務省の報道官は、アメリカに対抗する気はないとする一方「(アメリカには)民主や人権に関して自慢する資格はない」と反論。欧米諸国の批難に対して「新疆ウイグルでの出来事は国内問題である」と主張して一歩もしりぞく気配はない。
ウイグル弾圧は中国14億人へのメッセージ
そもそも中国はなぜ新疆ウイグル自治区でこのように理不尽な迫害を繰り返しているのかというと、そこには戦略的な理由と思想的な理由がある。新疆ウイグル自治区は中国のユーラシア大陸への重要な入り口の一つであり、地下資源も豊富な地域である。 歴史的にはテュルク民族(トルコ系)の母国とされるトルキスタン(テュルクの人の土地)の東部がこの新疆ウイグル自治区なので、トルコでは今でもこの地域を東トルキスタンと呼ぶ。ウイグル自治区の漢民族化は、中国共産党にとっては極めて重要である。
思想的な理由はイスラム教徒で誇り高く独立機運が高まりやすいウイグル族を弾圧することで、14億人全員に中国共産党に逆らうなというメッセージを送っていることである。
また米中対立が先鋭化し経済的・軍事的に対中包囲網が強まっていることや香港の民主化運動、中国政府が香港同様に「一国二制度」を強要している台湾問題も影響していると見るべきだろう。
毛沢東の文革時代を彷彿させる現政権
新疆ウイグル自治区にはハイテク技術を駆使した監視管理システムが構築されているという。自治区の住民はQRコードで管理され、全ての自動車に追跡装置が着けられ、いたるところにAI監視カメラが張り巡らされている。個人の行動の全てを監視しているというから、世界でもまれな監視社会になっている。
習近平政権の信仰・言語・個人の自由・民族的文化までをも奪う、こうした弾圧の仕方は、毛沢東の文革時代を彷彿させ、従来のどの政権よりも過激で悪意に満ちている。 バイデン大統領は米中の対立を「民主主義と専制主義の闘いだ」と評した。一方、習近平政権は自国の分断化を懸念し、さらに統制力を強めると同時に覇権を急いでいるとしか思えない。
世界の国々が、開かれた自由主義的価値観に基づく米欧陣営と、閉じられた専制主義的価値観に基づく中国陣営のどちらに与するかと言えば、長きにわたる新疆ウイグル自治区に対する中国の弾圧の歴史を見れば自ずと解が得られる。中国としては、ウイグル弾圧を即刻止めなければ、西側陣営の多くの国・地域が2022年の冬季北京オリンピックをボイコットすることを念頭に置いておくべきだろう。
日本がウイグル弾圧を積極的に批判しない理由
日本政府は中国のウイグル弾圧について、欧米諸国のように強く批難はしていない。 日本政府のこうした姿勢は弱腰のように映る。これはなぜかというと、日本が批判したりすれば、中国はすぐに日本を目の敵にするのが常で、日本政府としては反日感情が高まることを極力避けたいからだ。
中国は欧米と対峙するよりも、日本との歴史的な対立を利用したほうが得策だと考えているので、日本政府は、そうした罠にはまりたくないのだと思われる。中国共産党は歴史的な正当性を抗日闘争におき、これを国家教育の軸にしている。つまり、反日そのものが今の中国の国家アイデンティティのようなものであり、最も簡単に火が付く話題である。
特に今年は、中国共産党設立100周年を迎え、習近平政権のナショナリズムが非常に高まっている。「中国人民共和国海警法」という法律を施行して、たとえばフィリピンと衝突したり、日本の尖閣諸島周辺に連日、複数の巡視船を航行させたりして、どこまで自国の覇権が拡張できるのか試しているようだ。もちろん、バイデン政権の意向を探るという意味合いもあるのだろう。
ウイグル問題への日本政府の対応は「絶妙」
中国は自国の覇権力を試す上で、台湾よりも尖閣諸島をターゲットにするほうが容易だと思っているはずだ。台湾は軍隊を保有しており、アメリカと米華相互防衛条約を結んでいる。台湾に対して何らかの覇権行為を強行すれば、それこそ「台湾有事」になりかねない。しかし、尖閣諸島は無人島であるし、武力衝突に発展する可能性が低いと見て、中国は利用価値があると踏んでいるわけだ。
たとえば、尖閣諸島に上陸して、中国旗を立てて「尖閣諸島は中国固有の領土」と言い続けて既成事実化していけば、日本が軍事行動に出ない限り、尖閣諸島を日本との交渉カードとして利用できるので、中国にとっては御の字だ。占有し続けることができれば国民に「日本に勝利した」と喧伝し、ナショナリズムを煽ることもできる。
つまり、旧ソ連が第二次世界大戦終了直前に北方四島を占拠して、ベルリンの壁崩壊後、ロシアになってからも日本から有利な条件を引き出すために北方四島を利用してきた“手口”と同じだ。日本政府が独自にウイグル弾圧を批難すれば、中国は尖閣諸島の領有化を先鋭化しかねない。日本としてはそうした事態を招かないために、難しくはあるがウイグル問題に対して微妙なバランスを保とうとしており、これは賢明な策だと思う。
尖閣諸島での中国政府の本当の狙い
中国と世界経済、もしくは中国と西側諸国をデカップリング(分離)するのは、容易にできることではない。米中間が悪化していても中国と自由主義諸国の需給関係は続いている。また、そう簡単に中国に生産拠点を置いている企業の活動を制限することはできない。
かつて、いわゆる「侵略」の解釈を巡って日中関係が悪化したことがあった。その折、中国では日本製品の不買運動が起こり、セブン-イレブンなど日本の商業施設が市民に襲われ、中国在駐の日本企業社員や大使館員が一時帰国するという事態になった。 こうしたことを考慮すれば、中国のウイグル弾圧を日本政府が「ジェノサイド」「人道に対する罪」と、軽々に認定することはできないということだ。中国の本当の狙いは、尖閣諸島を領有化することではなく、第一列島線を突破して第二列島線まで海洋覇権を広げることだ。
軍事力を強化するチャンス
そうなれば日本の領海が脅かされることになるので、日本と中国は軍事衝突する可能性がある。そうした事態に備えて、日本はアメリカに頼らずに日本の領土・領海を守るために軍事力を強化する必要があり、アメリカもそれを求めているだろう。
日本はドイツと同様に第二次世界大戦で敗戦国となったので、自衛のための軍事力しか持つことを許されなかった。だが、中国の覇権行為がエスカレートするにつれて、日本の安全保障の環境を再整備する必要があり、今、日本は軍事力を強化するチャンスを迎えていると言える。
日本の軍事力が強まれば、アメリカに対する日本の立場も強まるし、中国もそう簡単に反日カードを切ることができなくなるはずだ。 <TEXT/エコノミスト エミン・ユルマズ>