中国人留学生は「知的財産の収集人」の危険な実態 日本はいま「どこ」を規制強化すべきなのか

中国人留学生は「知的財産の収集人」の危険な実態 日本はいま「どこ」を規制強化すべきなのか

ソース:MSN

もしコロナ禍がなかったとしたら、この夏最大の話題は東京五輪だったはずだ。それに並ぶもうひとつのニュースは、激化する米中対立だったのではないか。南シナ海進出やウイグル弾圧など懸案が数あるなか、アメリカが神経を尖らせているのが中国による技術収集である。

中国は自国の影響力、支配力を強化しようと、価値ある技術やデータの収集をなりふり構わずに進めている。その「手法」のひとつが、アメリカの大学や研究所に在籍する中国人留学生を「学術スパイ」として使うものという。では日本の大学は大丈夫なのか。読売新聞取材班による新刊『中国「見えない侵略」を可視化する』から抜粋して紹介する。

最先端技術を獲得させる

法務省の出入国管理統計によると、日本への留学生新規入国者数は、2015年の9万9556人から2019年には12万1637に増えた。このうち中国人は、2015年の3万2830人から4万7666人に伸び、実数、割合とも増えており、彼らなしでは経営が立ちゆかなくなる大学が少なくないのが実態だ。

ただ、中国人留学生には「学術スパイ」のリスクが避けられず、アメリカでは対応を強化している。

2019年10月に公表されたFBIの報告書「中国:アカデミアへのリスク」は、中国当局が、アメリカに渡った中国人留学生を「知的財産の収集人」として活用し、「技術情報窃取のための標的を物色させている」と指摘する。

Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字から取った「STEM」と呼ばれる理系分野の大学院生、博士課程修了者、大学教授らが対象になっており、アメリカの研究機関から経済・科学・技術情報を収集する役割を期待されているという。

報告書は、中国が留学生らに「いかなる手段を使ってでも最先端技術の獲得のノルマを達成させようとしている」とし、「中国の戦略的意図を認識しておく必要」があると注意を呼びかけている。

日本の研究開発戦略センターの報告書は、米大学などに所属する中国系研究者が「学術スパイ」で起訴された事例を紹介している。

イリノイ工科大の大学院生は、中国政府の諜報機関に雇われ、情報収集などの工作にあたっていたとして「外国政府諜報員罪」で2018年9月に起訴された。カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)の非常勤教授は、軍事転用が可能なマイクロチップを入手して中国に密輸していた。

テキサス大教授は、学術研究の名目でシリコンバレーのハイテク会社と契約を結び、入手した技術をファーウェイに提供していた。ハーバード大客員研究員は、大学病院から盗み出した生体サンプルを持って出国しようとし、空港で摘発された。

不当な手段による知財侵害の損害額について、FBIは「年間2250億~6000億ドル」(約24兆7500億~約66兆円)と推計している。

海外から帰ってくるという意味の「海帰」と発音が同じであることから、中国では外国に一時的に出て行く留学生を「海亀〈ハイグイ〉」と呼ぶ。留学生らは当初は技術窃取の意図を持っていなくても、中国では国家情報法により国の情報活動への協力が義務づけられており、中国当局に要請されれば拒否できないとの見方が強い。

この問題に詳しい日本政府の元高官は、「中国人留学生は、帰国時には中国大使館の許可が必要だ。その過程で情報を吸い上げられている」と話す。

民間の留学生を活用するだけではない。中国は、中国軍などに所属する科学者を留学生として送り込み、機微な技術を獲得させる手法も用いている。軍とのつながりを隠して留学するケースもあるという。

2019年11月に豪戦略政策研究所が出した報告書によると、2017年までの10年間で、中国軍に所属する2500人以上の科学者が日本を含む海外に派遣された可能性があるという。

北京航空航天大、北京理工大、ハルビン工業大──。

報告書は、中国の少なくとも60の大学が軍事や防衛と密接なつながりがあると分析し、次のように指摘する。

「中国の大学との連携が、中国軍や治安当局によって利用されるリスクが高まっている。多額の公的資金を受け取っている各国の大学は、人権や安全保障を害することを回避する義務を負っている」

ビザ発給を厳格化したトランプ政権

こうした留学生による「学術スパイ」を防ごうと、トランプ政権は2018年6月、中国人留学生らの査証(ビザ)発給を厳格化した。情報機関が留学生の経歴や個人情報を調べ上げ、発給を拒否するケースが増えている。中国人向けの発給はこの結果、45%減少したという。

それでも、経歴を偽って留学したり、留学を試みたりするケースが相次いでいる。ボストン大学の元留学生は、中国軍に所属する身分を隠して留学し、情報収集などの工作活動に従事したとして2020年1月に起訴された。スタンフォード大の客員研究員も、中国軍所属の身分を隠して学術交流訪問のビザを申請した。

アメリカ政府は2020年7月22日、在ヒューストン中国総領事館の閉鎖を命じた。ポンペオ国務長官は23日に行った演説で、「中国の学生や会社員は、ただの学生や会社員ではない。その多くが知的財産を盗み、国に持ち帰るために来ている。ヒューストンの中国総領事館閉鎖を命じたのは、知的財産窃取とスパイの拠点だからだ」と断じた。同総領事館内では24日午後が退去期限とされる中、文書を焼却する様子が確認された。

中国人留学生がもたらすリスクは、当然ながら日本も例外ではない。

「研究者Yが希望する研究テーマが輸出管理担当部署で把握している機微研究分野に合致した」

「X教員による外国人研究者Yの受け入れについて、輸出管理上の手続きは行っていたが、審査が未完了のまま、教授会で受け入れ決定が行われた。その後、研究テーマが機微な技術分野に該当し得ること及び研究者Yの経歴に(大量破壊兵器に関連している恐れがある)外国ユーザーリスト掲載機関での研究実績があることが判明した」

いずれも、日本の大学の現場で実際に起きた事例だ。ヒヤリとしたり、ハッとしたりしたケースを列挙した経済産業省の「ヒヤリハット事例集」に掲載されている。

オーストラリア戦略政策研究所は、山陰地方と北関東の3つの大学が、中国共産党のスパイ活動を支援しているとされる「国際関係学院」から中国人留学生を受け入れたと指摘している。

東北大では2009年にイラン人留学生が使用済み核燃料の再処理に関する研究をしていた問題が発覚し、これを契機に2010年3月、学内に輸出管理の一元的な対応を行う「安全保障輸出管理委員会」を設けた。教員が運営にあたる中、事務職員3人が常駐し、技術流出に目を光らせている。

委員長を長く務めた佐々木孝彦・東北大金属材料研究所副所長は、「個々の教員の判断に任せるのではなく、共同研究や実験データの持ち出しを組織として漏れなくチェックできるようになった」と意義を語る。

しかし、こうした先進的な取り組みを行う大学ばかりではない。文部科学省によると、2019年2月時点で留学生の受け入れなどを管理する担当部署を設けている大学は、国立では94%に上る一方、公立・私立では45%にとどまっていた。2020年には公立・私立も55%と改善傾向が見られるが、依然として全体では67%でしかない。

この問題に詳しい国立大教授によると、管理担当部署があっても、受け入れ担当の教授が「この留学生にはそんな意図はない」と主張した場合、「あなたが責任を持ってくださいね」と言って留学を認めてしまうケースが少なくないという。

大学が調査をしている場合でも、虚偽の申請をチェックするのは困難だとの声が出ている。それに加えて日本政府には、アメリカのように中国人留学生一人一人のバックグラウンドを審査する能力はない。アメリカ側の調査も日本と情報共有されていない。

日本留学のあと「国防七校」へ戻った例

中国人留学生をめぐっては、日本で科研費を受領して研究をした後、中国の国防七校に戻り、軍事研究に関与している可能性があるケースも、日本政府は3例を確認している。

1人目は、2012~2015年にかけて九州の大学に留学し、ハルビン工程大船舶工程学院に戻った中国人研究者だ。日本滞在中、浮体式洋上風力発電システムに関する科研費を受領した研究に関与し、研究成果として指導教授と連名で論文を発表していた。中国に帰国後、国防技術の発展に寄与した研究者に授与される「国防科技工業科学技術進歩一等賞」を受賞しているという。

2人目は、ハルビン工業大教授だ。同大は、外国ユーザーリストに掲載されている。教授は2001~2004年にかけて、関西と九州の2つの大学で金属材料などに関する研究活動を行った。帰国後、中国の軍需企業である「中国航発ハルビン軸受有限公司」の技術主席顧問専門家に就任した。

3人目は南京航空航天大教授で、1991年度から2007年度にかけて東北地方の大学で研究に従事した。政府によると、この間、17件、総額約1億3000万円の科研費を受領した。加えて、文科省、経産省などから3億円以上の研究助成金を受けていたとみられる。

中国に戻ってからは、国防科工委イノベーションチームに選ばれた。軍事研究の装備研究プロジェクトの助成も得ていた。

留学生を通じた、日本の安全保障を害しかねない技術流出は、現在進行形で起きていると考えておかなければならないのではないか。