【キャンペーン】ウイグル人として生きる権利を - グルジャ事件・ウルムチ事件

アムネスティ・インターナショナル 2010.03.01

グルジャ事件

1997年2月5日 、新疆ウイグル自治区グルジャで抗議行動をしているウイグル人たちに治安部隊が発砲したため、多くの人びとが殺され、負傷しました。

その日、グルジャに住むウイグル人たちは平和的にデモを始めました。彼らは、私立の宗教学校の閉鎖や「マシュラップ(伝統的な形式の集会)」の禁止、地域のウイグル・サッカーリーグの閉鎖、そしてウイグル人の高い失業率に対して抗議していました。

治安部隊は各家庭を捜索してまわり、抗議に参加した疑いのある人や抗議行動を支持した人たちを拘禁しました。新疆ウイグル自治区全体で6000人を超える人びとが拘禁されました。拘禁された人びとは拷問され、死者も出たと伝えられています。地方当局はウイグル人の宗教活動を厳しく制限し、当局から承認された宗教施設以外での宗教教育を禁止しました。

2009年の武力衝突

2009年7月にウルムチでの平和的な抗議活動を警察が弾圧した事件は、中国政府の対応が1997年2月にグルジャ(中国名:伊寧)でウイグル人の抗議を武力で制圧した当時と何ら変わっていないことを国際社会に示しました。2009年7月5日、当初平和的に始まったデモを警察が弾圧しました。その直後、ウルムチや他の新疆ウイグル自治区の各地で武力衝突が起こりました。

デモ参加者たちは、6月26日に2名のウイグル人が死亡した、中国南部(韶関、広東省)の玩具工場での暴力沙汰への警察の対応に抗議していました。

当局は、数日に渡って続いたウイグル人と漢人の間で起こった一部の暴力行為の後、各家庭を捜索し、多数を拘禁しました。何人かは強制失踪させられました。

当局は、197人が殺害され、そのうちの大多数はウイグル人によって殺害された漢人であり、1600人以上が負傷したと発表しました。

しかし、アムネスティ・インターナショナルが今回の暴動について聞き取りを行なった目撃者の話は、当局の発表と矛盾しています。目撃者は、治安部隊が、抗議しているウイグル人を殴ったり、催涙ガスを使用したり、群集に向かって発砲するなど過剰な武力を行使した結果、数百人の死者を出したと証言しています。

http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=2967